天才が凡人に出会った。

はんこ屋TAFの生きた証

イラストはんこの専門店「風変わりなはんこ屋ざっくばらん」の店長ブログ。はんこ屋TAFがはんこに関することや趣味の漫画、アニメ、ゲーム、日常の出来事についてを書いています。

あなたは大阪は堺の伝説のランナーを知っているだろうか。

本日は体育の日です。

こんばんわ、TAFです。

毎年この日を迎えると頭をよぎります。

 

この話は現在も分からないままの話です。

実写チャンネルで公開しようと思ったこともありましたが、内容が極めてシリアスなものなのでブログという形で書こうと思います。

また今回の話は私自身情報を知っている方から話を伺いたいという思いもありますが、

今の時代、個人情報になりますのでその方のお名前は仮名とさせて頂きます。

その代わり私目線での年数と場所等は掲載致します。少しでも参考になれば幸いです。

 

今から23年前の1995年、私が小学生6年生の頃の話ですが、

当時私の母校では小学生6年の時に総体が行われました。

総体は競技場での本格的な測定会のことで母校以外の他の学校での合同で行われます。

場所は金岡競技場で行われました。

f:id:TAF:20181008171817j:plain

金岡競技場、現在も使用されている競技場です。

私は今でも気合いを入れたい時や元気をもらいたい時に足を運んでいます。

 

f:id:TAF:20181008184723j:plain

今では青が主流のアンツーカー(各レーンの地面の色)もここでは現在もブラウンレッドのままです。

 

初めて競技場で走った時の喜びは今でも強く覚えています。

 

私は100mに参加して走り終わった後に、トイレに行きました。

言葉では説明しづらいのですが金岡競技場は横に体育館が並列していて、

1枚目の写真の反対側から体育館の2階に繋がっています。

トイレは廊下を挟んで右側に女子トイレ、左側に男子トイレがあるのですが、

女子トイレと男子トイレの中間の辺りに大きなホワイトボードがあります。

 

ホワイトボードには歴代の最速、最長記録が手書きで書かれていました。

当時の私はへぇーと思いながら見ていたのですが、そこの記憶の一番上に度肝を抜かれました。

 

■小学生

種目:100m,・記録:12.0・氏名:M・K(まつやまこうた(仮名)・所属:B小学校

 

私は驚きました。小学校6年生で100m・12.0。

ちょっと速いとはそんな次元ではありません。神がかり的な速さです。

 

参考までにこの時の当時小学校6年生の初めての100m

私の記録は100m「15.1」総体の最速記録は「13.0 or 13.3(うる覚えです)」で

表彰されていました。

そして何より驚いたのが所属です。このB小学校私の母校です。

母校は別段陸上に力を入れているわけでもなく一般的な小学校です。

自分と同い年の人が同じ場所、同じ種目で12.0の記録で走った。

驚きと感動が混ざりあった様な不思議な感覚になりました。

 

手書きで書かれたその記録は長い間塗り替えられてないからでしょうか、

インクが固まっていて、一部の文字の角が剝がれていました。

 

私は急いで先生の元に駆け寄って、

「まつやまこうた君」のことを聞きましたが、先生は知りませんでした。

当時の私は子供なりに考えました。

 

「母さんと姉ちゃんなら知ってるかもしれない。」

 

ホワイトボードの状態から相当昔の出来事みたいだ、

それなら母さんなら知っているはず。

 

家に帰るなりに私は母に尋ねました。

 

私「母さん、金岡競技場のホワイトボードにまつやまこうたってめっちゃ速い人載ってたんやけど知ってる!?」

母「ああ~まつやま君ね、知ってるよ」

 

母はごくごく普通に答えました。

 

私「え、母さん知ってるん!?」

母「そりゃそうよ、あの子めっちゃ足速くて凄い有名で新聞にも載ったんよ。

堺の子が取り上げられたら嬉しいやん。私と同じ世代の人は知ってる人多いと思うわ」

 

母いわく、当時まつやまこうた君はその記録からたちまち話題になり、新聞に掲載。

未来のメダリストが大阪の堺から誕生かと噂になるくらいだったとか。

 

私は母校からそんな凄い人が誕生していたことがたまらなく嬉しかった。

それと同時にふと疑問に思いました。

 

私「それじゃあ、まつやまこうた君は中学校も陸上部に入ったねんな?」

母「うん、そうよ」

私「その後は?」

母「あー、そういえばそれ以降は聞かないわね」

 

・・・

 

私はあれ、おかしくないか?と思いました。

 

ブログをご覧頂いた方には陸上部以外の部活をされていた方もいらっしゃると思います。

補足しますと、中学校の陸上部からはスパイクを履いて走ります。

スパイクを履いて走ると当然記録が物凄く伸びます。

※参考までに私は中学校1年の時の初めての試合は100m[14.1]でした。

 

小学生6年生の時点で12.0の人間がスパイクを履いたら・・。

大記録が生まれている可能性は十分に考えられます。

 

当時の私は母の言葉を聞いた時に金岡競技場で見たホワイトボードを思い出した。

そういえば中学校の記録にはまつやまこうた君の名前は載ってなかった。

何か引っ掛かったのです。

 

「よし、姉ちゃんに聞こう」

 

実は私の姉も陸上部、最終的に三種競技を専門にしていました。

同じ小学校、そして中学校にも行った姉なら知っているかもしれない。

 

私「姉ちゃん、金岡競技場のホワイトボードにまつやまこうたってめっちゃ速い人載ってたんやけど知ってる!?」

姉「ああ、まつやまさんね、知ってるよ」

 

姉も知っていました。私は畳みかけるように聞きました。

 

私「姉ちゃん知ってるん?」

姉「当たり前やん、私達の母校で素晴らしい記録を打ち立てた大先輩やん。

後輩の私からしたら誇りやで。」

私「姉ちゃんは会ったことあるん?」

姉「いや、私はないよ。私が所属した時にはまつやまさんはいなかったから。」

 

残念ながらまつやまこうた君は姉より世代が上の方で面識はありませんでした。

続けて私は姉に母と同じ質問をぶつけました。

 

私「その、まつやまさんは中学校も陸上部に入ったねんな?」

姉「もちろん」

私「その後は?」

姉「いや・・これは・・あんたに言って言いもんなのか・・

 

姉は明らかに言い出しにくそうでした。

 

私「いや、話してや姉ちゃん。知りたいやん」

姉「分かったわ・・それじゃあ話そうか」

 

そういうと姉は口を開きました。

 

姉「まつやまさんは小学校を卒業してから中学校に入ったんやけどな、

その時・・先輩からひどいいじめを受けてな。陸上部辞めてしまったんよ」

私「・・・・!」

 

私は言葉が出なかった。

 

姉「そして、数年後に新聞で「あの人は今」みたいな記事でまつやまさんが新聞に載ったことがあるんやけど、陸上部を辞めてからは不登校になって引きこもりになって、

取材に対して「僕は陸上が嫌いです」て話してたわ・・。」

 

姉は途中話すのが辛そうだったのが目に見えて分かった。

私は怒鳴り気味で姉に聞きました。

 

私「姉ちゃんそれおかしいやん!陸上部は走るのが大好きな人が集まったところじゃないん!なんでそんなことがおこるん!?」

姉「私だって悔しいわ!でもな・・あんたには分からんと思うけどな、

陸上部にいるからって皆が皆がそうじゃないんよ。」

 

走るのが好きじゃないのに陸上部にいる人がいる。

当時小学校6年生の私には姉の言葉の意味が分からなかった。

 

私「わかった、姉ちゃん、教えてくれてありがとう。」

 

私は姉にそう言うと姉の部屋を出て、自分の部屋に戻った。

畳の上に座ってしばらくすると、私ははらわたが煮えくり返る思いになった。

同時に悔しさ、怒り、やるせなさに涙が溢れ出てきたのです。

 

おかしくないか、いや、絶対におかしい。

まつやまこうた君何も悪くないじゃないか。

 

当時の私は人に比べて少し足が速く、走ることがとても楽しかったので

中学校に入ってからは陸上部に入ろうと思っていました。

 

そこに姉の話を聞いて私はその時に思ったです。

 

まつやまこうた君、情けないけど僕はまつやま君程足は速くない。

けれども、走るのが大好きな人間がこんな思いをするのは絶対におかしい。

だから、好きなことを一生懸命頑張っている人が幸せになれる。

それを僕が証明するから。

 

私はそう決意して中学校で陸上部に入ります。

 

この話は雑談の中で陸上部に所属されていた方を見つけると必ず聞いていますが、

未だに知っている方に会ったことがありません。

あくまで私目線ですが、私以外にもホワイトボードを見て「この小学生すげー!」と

驚いている人を目にしたのを覚えています。

ネットもない時代の話です、インターネットで名前を調べても全く出てきません。

私にとっては母校の先輩です、当時の記事や知っている方のお話を聞きたいと

思いながらも20年以上の時が過ぎました。

 

母に新聞の話を聞いたことがあったのですが、昔のことだから覚えていませんでした。

なので新聞の記事を確認することも出来ません。

情報が全くなく、雲を掴むような話です。

この様な場合はお名前を挙げるべきなのかもしれませんが、

当時からホワイトボードには書かれていたお名前ではあるのですが、

私はこの話は当人は触れられたくない話だと思っています。

なので、私の判断で仮名とさせて頂きました。

 

些細な情報でも構いませんのでご存知の方コメントやメール等で

教えて頂けますと幸いですm(_ _)m

 

当時の私は熱いことを言っていますが、陸上の世界は才能の比重が大きいと思っています。

中学校3年生の私の最高記録は100m[12.0]・200m[25.0]

最終的には200mが専門になりました。

中学生で100m12秒の壁を破れない、速い記録とは言えませんが、

中学生3年生の私の最高記録が小学校6年生のまつやまこうた君と同じになりました。

努力ではどうにもならないこともあります。

それでも練習し続ける、陸上はストイックさが求められるものだと思っています。

 

何を隠そう私のハンドルネームのTAFは陸上部の英名

「Track And Field」の頭文字3文字をとってTAFとしています。

高校生の時に考えましたが、大人になっても陸上が好きな気持ちを忘れずにいたいという願いが込められています。

現在私は週3回ランニングをしています。何とも楽しいです。

大人になってもその気持ちが変わらないことは嬉しく思います。 

 

毎年体育の日になると大阪は堺の伝説のランナー、

いや伝説のランナーになるはずだったでしょうか。この出来事が頭をよぎるのです。

この出来事を忘れてはならない、今でも私の中でしっかりと刻まれています。

 

そしてこの話には少しだけ続き、後日談があります。

それについても機会があればブログで書こうと思います。

 

今日はこれまでで。

 

ではでは。

 

f:id:TAF:20180906235259j:plain

f:id:TAF:20180910162247j:plain

デザインはんこ・イラストはんこの専門店
風変わりなはんこ屋ざっくばらん(ネットショップ)
HP : http://www.zkbrn.net
Mail:info@zkbrn.net
Twitterhttps://twitter.com/h_zakkubaran
Instagramhttps://www.instagram.com/hankoya_zakkubaran/